一ノ瀬ことみとたんぽぽ娘

「おとといは兎をみたわ。きのうは鹿、今日はあなた」

CLANNADのゲーム中で引用されている、ロバート・F・ヤングのSF短編小説「たんぽぽ娘」の一文です*1。有名な話ですが、単に引用されているだけでなく、一ノ瀬ことみルートの元ネタにもなっています。今回CLANNADのことみルートと「たんぽぽ娘」を比較してみました。面白いことに比較してみるとかなり類似点があります。
ここからネタバレ満載で書いていきますが、「たんぽぽ娘」、とても面白いので是非先に読んでみてください。短いので20分くらいで読めると思います。和訳の本は残念なことに絶版になっていますが、ウェブでもみすぼらしいぶろぐで訳が読めます。また英語の原文はSciFiに乗っています。

たんぽぽ娘の時系列解説

まずは時系列の解説を載せておきます。でも超ネタバレですので、「たんぽぽ娘」を未読の人がこれ読むと、本当に楽しめなくなります。ご注意を。
マークは現代人、ジュリーは未来人です。最初に44歳のマークと、タイムマシンで現代へ来た20代のジュリーが出会います。ジュリーはマークに会うために毎日タイムマシンで現代へ通います。そして二人は互いを好きになります。ただしマークにはアンという妻がいます。そんなときジュリーの父が死に、タイムマシンも調子が悪くなり、あと一回こちらに来れるかどうかという状況になります。二人はもういちど会う約束をし、ジュリーは未来へ帰っていきます。そして次の日からマークはジュリーに会えなくなります。ジュリーと会えなくなってからしばらくたち、マークは妻のアンの正体がジュリーだということに気づきます。つまり44歳のマークが出会った20代のジュリーは、妻アンの若い頃だったというわけです。
実はジュリーは、マークと別れた後、未来を捨ててもう一度マークのところへ行く決心をしていました。それも現代の44歳のマークのところではなく、ジュリーに会う前の過去の20代のマークのところへです。こうして過去のマークのところへ行ったジュリーは、アンと名乗りマークと結婚したのです。44歳のマークは20代のジュリーに出会っても、妻アンの若いときの姿だと気づかずに、再び恋してしまったわけです。
何故ジュリーはこんな行動をとったのか。ジュリーからしてみるとマークが44歳になったとき、若い頃の自分が未来からやってくるのをずっと知っていたわけです。そのときマークは歳をとった自分よりも、若いときの自分を好きになるんじゃないだろうか。そしたら自分は捨てられるんじゃないだろうか。ジュリーは歳をとる事に怯え、自分が未来からやってきたことを隠して、20年以上マークと過ごしていた訳です。
もちろん最後はハッピーエンドです。アンの正体がジュリーであることに気づいたマークは、それでも歳をとったジュリーを選びました。こうして時を経て、二人はもう一度再会を果たすことができました。

境遇

たんぽぽ娘とことみルートの一番の共通点は境遇という点でしょう。ことみもジュリーも、まだ若いうちに主人公と出会い、両親の死に遭遇します。ことみは心を閉ざし、外界とのかかわりを切っていきます。ハサミで電話の線を切るシーンは印象的ですね。またジュリーは未来を捨てて、誰も頼れる人のいない過去へ行きます。二人ともとても心細い状況です。ことみはこれを機に朋也と会えなくなり、ジュリーは自分を見知っている現在のマークから離れ、自分のことを知らない過去のマークのところへ行きます。少し意味は違いますが、二人とも主人公と会えなくなります。
次に、二人とも何かに追われて逃げているという部分が共通しています。ことみの場合は、後継人のおじさんを恐れ逃げています。これに対してジュリーは、時間警察から隠れながら過去へ来ています。ただ、ことみの場合、後継人のおじさんは別に悪い人じゃないですね。
次に時間を経てことみとジュリーは、それぞれ主人公と再会します。これについては次の項目で説明します。
でも最後はきちんと気づいてもらえます。朋也はことみの家に行ったときに庭を見て思い出します。また、マークは物置で、ジュリー(アン)の着ていたドレスを見つけることで、アンがジュリーであることを気づきます。

再会する

ことみもジュリーも、再会してもすぐには自分が誰なのか気づいてもらえません。朋也もマークも許せん奴ですね!また、ことみもジュリーも、自分の正体を隠します。二人とも自分の正体がばれることに不安を感じているのです。
ことみルートの場合、朋也とことみは幼馴染なのに、それに朋也が気づかないまま二人は再会します。余談ですが、ことみルートのパターン、幼馴染だけど気づかない。これはKeyでよく使われていますね。Kanonのヒロイン、うぐぅこと、月宮あゆとか。
一方、たんぽぽ娘の場合、少し特殊な再会を果たします。これはタイムマシンのせいで時系列がややくしくなっているせいです。ジュリーの側から見ると、最初に出会ったのは44歳のマーク、そこからさらにタイムマシンを使って、20代のマークのところへ行きます。そして若い頃の自分と出会ったことのあるマークと再会するためには、そこからさらに20年以上かかった訳です。もちろんマークは、つい先日出会ったばかりの若い娘が、自分の妻だなんて気づきもしません。
またマークから見た場合、ジュリーに一番最初にあったのは20代の頃。それからずっと一緒に暮らしており、44歳になったときに若いときのジュリーに会います。ただしこのジュリーは、自分とはじめて出会ったときのジュリーよりも以前のジュリーなので、はじめて会ったともいえるでしょう。とても変な表現ですが、ジュリーとは二度はじめて会うのです。

場所

作中で重要な場所。ことみルートだと、ことみの家の庭が重要な場所になります。花壇や芝生が綺麗に手入れされた広い庭です。ことみルートの最後、「そんなに大勢の人を呼んで、入りきれるの?」といった主旨の発言に対して、

「大丈夫なの、私のお庭は広いから」

と、ことみが答えるシーンからも、広くて素敵な庭だということ、ことみが自慢に思っていることが伝わってきます。幼少の頃、朋也とことみは、ここで出会って、この場所で楽しい時間を過ごします。また高校時代になり、引きこもったことみを元気付けようと、朋也が奮闘するのもこの場所。二人が和解するのも、最後にコンサートを開くのもこの場所です。
一方たんぽぽ娘の場合は、丘が重要な場所になります。晴れていて、気持ちのいい風が吹く丘。眼前には、森と湖、そして遠くのほうに小さく都市が見える景色のいい場所です。ちなみにジュリアンは、たんぽぽ色の髪をしていて、未来で流行している変わった白いドレスを着ています。ジュリー自身がたんぽぽのイメージなのですね。そのためこの丘も、いかにもたんぽぽが咲いてそうなイメージが湧きます。マークとジュリーはこの場所で最初に出会います。そして、それから三回、この場所で話をして過ごします。そしてタイムマシンの調子が悪くなり、最後に二人が別れるのもこの場所です。
比較すると片方は庭、もう片方は丘です。緑が茂る綺麗な場所という点で、イメージが重なりますね。

人物

両親についてみてみると、ことみは両親ともに、ジュリーは父親が学者です。ことみの両親の専門は超ひも理論、これに対してジュリーの父親は物理学者です。近いところがありますね。細かい点ですが、ジュリーの父親はパイプが好きだという記述があります。そしてことみの父親もアニメ13話で、パイプを吸っている様子が伺えます。
ことみもジュリーも、父親から大きな影響を受けており、学問の面でも尊敬しています。また二人とも賢くて勤勉。そして本が好きです。

ドレス

ドレスは結構重要です。たんぽぽ娘で、ジュリーが最初に着ていたのは、未来で流行している白いドレスで、「海の泡と綿菓子と雪を混ぜて織りなしたような布」で出来ているそうです。いかにもフワフワしてそうで、たんぽぽの綿毛をイメージさせますね。次の日に来ていたドレスは青色。その次は黄色です。黄色はたんぽぽの花をイメージさせますね。そして最後は黒色のドレスです。これはジュリーの父が死んだので喪服です。
では次に、ことみの服装を見てみます。制服は黄色のような色ですが、おそらくたんぽぽ娘と関連性は無いでしょう。ポイントは私服です。ことみが朋也とデートしたときの服、ことみの一番気にいってる服、あれが黒色ですね。そして、ことみルートの一番最後、ことみの家の庭でリサイタルを開くシーンを見てみると、白いドレスを着ています。これは、ことみの心情の変化とシンクロしているとみるのが、自然でしょう。

アタッシュケース

ことみルートとたんぽぽ娘に共通のキーアイテムとして、アタッシュケースがあります。ことみの場合、アタッシュケースには両親からのプレゼントであるクマのぬいぐるみと手紙が入っています。世界中をまわったアタッシュケースは、人々の優しい気持ちによって、ことみの元へ届きました*2。これを受け取ることで、ことみは救われます。たんぽぽ娘の場合、ジュリーが昔着ていたドレスが鍵のかかったアタッシュケースに入っています。マークはこの中身をみることで、アンの正体がジュリーだと気づきます。ことみルートもたんぽぽ娘も、アタッシュケースが重要なキーアイテムだというのは共通です。ただしアタッシュケースの果たす役割は違いますね。

大人/子供として扱われたい

「わたし、子供じゃないわ!子供だなんて絶対にいわないで!」

マークに子供扱いされたときのジュリーの台詞です。知的なイメージのジュリーが突然怒ります。これに対して、ことみは普通の子供のように振舞いたくて、父親にクマのぬいぐるみをねだります。ジュリーは大人として扱ってほしい、逆にことみは子供として扱って欲しがっています。

直接「たんぽぽ娘」と関連する部分

アニメ版のCLANNADで、たんぽぽ娘と直接関連している部分について書いておきます。まず最初に一番分かりやすい部分が図書室での

「おとといは兎をみたわ。きのうは鹿、今日はあなた」

という台詞です。窓を開けて、風がふわりと入ってきて、光が差し込んで。アニメ版のあのシーンめちゃくちゃ大好きです。たんぽぽ娘で、ジュリーは毎日タイムマシンで丘の上に来ており、そこで、一昨日は兎、昨日は鹿、今日はマークを見た、という意味です。たんぽぽ娘の作中でも、この台詞は数回使われています。ことみルートでも図書室以外の場所でもかなり使われていますね。
この台詞を元に、アニメの中で、実際に兎と鹿が描かれている場面もいくつかあります。一つはCLANNAD12話「かくされた世界」での、朋也の夢です。この夢では火を前にして泣くことみ、コップで火を消そうとする朋也、火を消そうとする後継人さんの後ろに、兎と鹿が描かれています。また、たんぽぽも一緒に書かれています。次に同じ12話で、朋也が引きこもったことみの家に上がる場面、ここで兎と鹿の影が一瞬描かれています。ちなみにアニメで蝶の絵もよく描かれていますが、たんぽぽ娘で蝶は登場していません。よく描かれているのは黒い蝶とモンシロ蝶ですね。これはドレスの色と同じように、ことみの心情の変化によって色が使い分けられているようです。
少し上でも少し書きましたが、たんぽぽの絵も時々描かれています。たんぽぽの絵が登場するのは、ゲーム版にはなく、アニメ版だけだと思います。まずは上で書いたように朋也の夢で描かれています。次に、一番目立つのは、オープニングでことみが、たんぽぽの綿毛を吹いているところです。そして11話「放課後の狂想曲」では、ことみと朋也が休日に図書室で過ごす場面の中で、一瞬たんぽぽとモンシロ蝶が描かれています。ちなみに、このシーンのあとで朋也は寝てしまい、カオスな夢を見ます。「パンを煮ているんです。今晩からだんごたちが恋をはじめます」この夢の元ネタは、尾崎翠の第七官界彷徨という本だそうです。この解説はLi_to_Mateが詳しかったです。
次にCLANNADの作中で、たんぽぽ娘の本自体が描かれている部分があります。青い本として描かれており、タイトルは擦れていますが、ギリギリ「たんぽぽ娘」と読めます。たんぽぽ娘の和訳が載った本は、3冊あるそうなのですが、アニメで描かれていたのはおそらく、たんぽぽ娘―海外ロマンチックSF傑作選2ではないかと思います。表紙の絵は違いますが、色も近いですし、ブックカバーを剥がしたらアニメに写っていたものと同じかもしれませんね。また3冊のうちの他2冊は短編集になっており、他の小説と一緒に収録されているものです。そのため表紙に大きくたんぽぽ娘と書かれていることは無いと思います。

最後に

長々とおつきあいいただいて、ありがとうございました。ことみちゃんもたんぽぽ娘も好きすぎて、勢い余って書いてしまいました。ちなみに、ことみの代表的なアイテムといえば、バイオリン、クマのぬいぐるみ、ハサミですが、この3つともタンポポ娘には全く関係ないものです。

*1:原題は「The Dandelion Girl 」です

*2:不粋なことを言うと、手紙に住所書いておけば、すぐにことみの所に届いたのにね!